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学び

納骨を終えて

更新日:

先日、令和2年(2020年)の建国記念日2月11日に

母の納骨をしました。

母の死後、速やかに市営墓地申請を行い、

とてもスムーズに審査、手続きが進み、

私たち家族が全員行ける日を待ち無事納骨。

 

 

墓地もいろいろありますが、母の生前、

父と2体用の市営墓地を手配することは

決めており、選んだのはロッカー式のもの。

一度納骨したら、二度とそのロッカーの前に

立てることはないということで、

骨壺を目にするのは、この時が最後。

ロッカーの前には来れませんが

その代わり、お花やお線香を立てる

共同の場所があり、そこは24時間いつでも

来て故人を偲ぶことが出来ます。

市営墓地は、日本式のもの、洋風のものがある中

ロッカーみたいなものもあり、様々なスタイルから

選べるようになっていました。

お墓事情もいろいろ変化しているんですね。

ロッカーに来るまでの間、洋風のお墓を

通ってきました。それはそれで素敵でしたが、

墓石を洗ったり、お花を生けたりする方の姿は

今まで見てきたようなごく一般的な景色。

 

 

それに比べて、ロッカー式とはなんと

手のかからないことでしょう。

手がかからないことが良いわけでは

ありませんが、とても合理的だなと

感じました。

 

 

父も「お墓を洗ったり天気に左右されることも

ないし、室内の方が寒くなし、これでいいよね」

 

 

私は全然OK。

でも、私が死んだ時、私はお墓は要りません。

その代わり、

手元供養で少しばかり粉骨したものを

近くにおいて置いてもらえたら十分。

 

 

だって、お墓に私はいないのだから。

ただ、残された人が思い出したり、

心を寄せるために「かたち」があるのは

良いこと。

でも、心を寄せてくれる人は、

何代も先ではなく

せいぜい子供か孫か。一般庶民ですから。

 

 

いずれにせよ、魂はすでに旅立っていて

お墓にはいません。

何年かしたら、生まれ変わっているかも

しれないし。

 

 

 

そういえば、納骨の前日、母の夢をみました。

私と父は学校の教室のようなところにいました。

教室の前の方にぽつんと二人、

すると、教室の後ろのドアから母が入ってきたのです。

マゼンタとかショッキングピンクのような

鮮やかなピンクのスーツスカートを着て、

私たちの方を見ながら、教室の後ろを横切り、

反対側の扉から抜けていったのです。

 

 

「父ちゃん、母ちゃんが今通り過ぎたよ」

というと、母がもう一度戻ってきて私たちの

とろこまで近づき、父の顔を見てから

「大丈夫ね」と言って、また出て行ったのです。

母が近づいてきたのに、父はその瞬間眠りに落ちて

母がいなくなってから目覚めたのでした。

 

 

まさか、父のお迎えじゃないでしょうね、と

一瞬ドキッとしましたが、父は眠っていたので

まだお迎えではないはず💦

 

 

とすれば、

納骨のタイミングで、母が無事

次の引越し先に向かったので安心してね

ということだったのでしょうか。

 

 

 

母亡き後、母が夢に出てきたのはこれで2回目。

1回目は、母の母、私の祖母と母が、これまた

鮮やかな赤の口紅をひいて、二人とも

若々しく、でもおばあちゃんと母であることが

わかる風貌、年齢で、イキイキとした

様子で夢に出てきたのでした。

 

 

そう、本当に肉体が朽ちた後向かう世界は

明るい世界、幸せな世界。

悲しみどころか、希望と喜びが満ちている

そんな雰囲気で二人が現れたのでした。

 

 

でしょ、私が生前母にずっと話してきた通りでしょう?

あっちの世界は、排泄の苦労もなし、お金の心配もなし

熱い寒いの不自由もなし、病気もなし、すべての

束縛から解放され本当に自由で幸せなところ。

私がずっと母に行ってきたことを、母は今

「本当にそうだね」と言っているはずです。

 

 

私は母にしてあげられなかったことは

沢山あります。

母なき後、そのことが悔やまれてなりませんでしたが、

それは私にとても必要な学びであり、これからの

課題です。

人間的に見れば失敗とも言えるし、自分を

責めがちなことの類です。

しかし、それで自分を責めすぎては

いけないし、責めていたら教えてくれた

母は悲しむ。

有難く受け止める、これが最も喜ばれる

ことなので、有り難く受け止めるように

しています。

それについては、いつか書こうと

思っているのですが

なかなか毎日バタついていて、気づけば

前のブログから一月も経っていました。

今日は久しぶりにPCに向かえています。

 

 

私も残された時間をどう使うべきか

どう過ごすべきか、どう心を注ぐべきか

母のお陰でそんな事々が少しずつ

定まりつつあります。

 

 

このお墓は父が母と桜満開の季節に

下見に来たそうです。

とても美しい場所。

ここなら、早く来たいねなんて

冗談で話していたそうですが、

母が先に来てしまいました。

 

 

桜の季節もまもなく到来。

次は桜の季節に参りましょう。

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