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認知症とはより本能的になるということか

投稿日:

認知症とは、ある意味より本能に

近づくプロセスなのだろうかと

思うようになりました。

 

 

私は母の認知症しか知りませんが。

 

 

どんな会話をしようと、

どんなに理解を示してくれても、

結局、母は母の本能が選んだ通りに

行動します。

 

 

それが、こちらとしては

「忘れる」と認識するだけで

母にしてみれば「忘れる」のではなく

「自分がしたいことをした」に

過ぎないのです。

 

 

例えばトレーニングパンツ、トレパン。

トレパンに尿取りパッドを敷くことが

最近できなくなりました。

出来なくなったんじゃないですね

やらなくなったのです。

尿取りパッドを必ず敷くんだよ

と言っても、多分敢えて「敷かない」

んです。

 

どうして尿取りパッドが必要かを

話して、「そうか、そうだね」と

言ってくれるのですが、

それはその時の気持ち。

「そうだね」と言ったからといって、

その通りにするわけではないんです。

本能が受け入れてくれない限り、

いくら必要を説いたところで、何の

意味もない。

新しく買ってきたトレパン、

母は少しやせたので、ワンサイズ小さめの

トレパンを買ってみました。

すると、どうもきつくて不快なんでしょうね、

トレパンを履かないで、尿取りパッドを当てたら

そのまま寝巻のズボンをはくんです。

(ずれるやん!)

 

 

 

どういう理屈かわかりませんが

母の本能が感じる理屈があって、たぶん

その通りに行動しているのだと思います。

 

 

もう一つは、デイサービス。

最初のデイサービスは、行きたくなくて行きたくなくて

休むことが多かった。

「今日も行かなきゃならないの???」

何度この言葉を聞いたことでしょう。

それが、母の気に入るデイサービスに変わった途端、

「今日も行くでしょ?」

と行かない日も何度も聞いてきます。

 

 

お迎えが朝8時半~9時なのに、

8時から玄関に座って待っています。

30分前から座って待っているだけでも

気がはやるのだなと思ってみていましたが

最近、エスカレートが激しくて。

8時のスタンバイならまだいいほう。

その次は、6時、⇒5時⇒1時⇒24時

まだ夜中だよ??まだお迎えが来るまで

8時間以上あるんだよ。

それがこの前はついに前日の21時に

なりました。

着替えて夜真っ暗なのに、玄関から

出ていこうとするんです。

 

 

 

デイサービスが入っていないある日、

その日を含めて2日後にならないと

デイサービスに行く日にはなりません。

そんなある日のこと、

朝から「今日行くんだよね?」

と着替えようとすること10回。

2時間おきに、「今日行くんだよね?」

 

 

母はひと眠りするごとに、

日付が変わっている気がします。

でも、よくよく考えると、

行きたくて仕方ないだけなんです。

気がはやってはやって仕方がない。

 

 

そう考えると、本当に面白い。

本能が赴くままの行動。

私たちはしているようで、かなり理性で

コントロールしていることに気づきます。

 

 

確かに、本能メインで行動されると

周りは大変なんですけど、

パパが言っていたこととも重なって

納得が行きました。

 

 

人は何も持たずに生まれてくる。

何もわからないところから

この世で生きるために必要なことを

学んで身に着ける。

それが年老いて、多くのことを忘れていく。

一度身に着けたものをひとつひとつ

忘れていく。そして何もわからなくなって

あの世に帰る。そういう意味で認知症というのは

道理にかなっているのかもしれない、

 

 

そんなことを言っていました。

だから、より本能的になっていく

現象も、あの世に戻る旅支度の一部

そう考えると、これもまた道理に

かなっているような気がしてきました。

 

 

 

本能の赴くままに生きられたら幸せ、

ということも言われていますが、

本能に従って生きながらも、周りも幸せに

なれる方法があるなら、私もそれを

知りたいと思いました。

 

本能に従って生きている

赤ちゃんや老人。でもその周りは、大変。

だからこそ思う。本能に従って生きることで

周りも幸せになる方法はないものかと。

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