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介護

この世でいちばん偉い人

更新日:

私はキリスト教徒ではありませんが

キリストの言葉で心に刻まれている

いくつかの言葉があります。

介護の疲れの中で浮かんできた言葉に

救われ、癒されたのでシェアしたいと

思いました。

 

 

キリストと弟子の会話で

「この世で誰が一番偉いか」

という問答があります。

 

 

 

具体的には

「先生、私たち弟子の中で一番偉いのは誰ですか?」

それに対してキリストが応えます。

「弟子の足を洗う者である」

 

 

ここでいう「足を洗う」とは

簡単に言うと「相手を赦す、相手に仕える、尽くす」

という意味らしい。

 

 

 

弟子が聞きたかったのは

「自分たちの中で誰が一番偉い?」

という意味だったのでしょうか。

そして「君だよ」

って言って欲しかったのでしょうか

質問の意図はいかに。

 

 

 

世の中的な価値基準でいうと

偉いと思われる人、

羨望のまなざしで見られる人は

・ 有名な人

・ お金持ちの人

・ 能力のある人

・ 善行を積んだ人

・ 目立つ人

・ 何かを成し遂げた人

 

この辺りに、スポットライトが

当たるのではないかと思います。

 

 

しかしキリストの回答は、

・ どんな心でどのように人に仕えたか

 

この1点。

世の中的基準とは真逆、

地味で目立たない視点。

 

 

 

 

これを自分に当てはめてみたんです。

それは、母のおしもの世話に

いくばくか、いや結構疲れていたから。

オムツの取り換え、失敗の後の

掃除が重なると、私は何をしてるんだろう

やろうとしてた他の事が出来ないな・・・

と思った時、

「(キリストの)弟子の足を洗ってるんだよ」

そんな思いが入ってきた感じがしたんです。

 

 

 

「人に仕えてるんだよ」

って。

 

 

 

介護は大変と聞いていたけれど、

なるほど、こういうことの

くり返し、積み重ねだったんだ

と分かりました。オムツの取り換えくらい

なんってことはない、

・・・のですが、その回数、頻度が

生活の一部になるということが

ある意味大変なんだなって

わかったんですね。

 

 

お世話のレベルもいろいろあって

私などまだまだ序の口ではありますが

例えば・・・

 

 

様々な状況で、お通じがシーツなど

ついては困る場所についてしまうことが

度々あります。

 

 

 

さっき、シーツを取り替えて洗ったのに

直ぐにまたシーツにお通じが・・・

ということがあったばかりでした。

 

 

 

 

オムツをはく時、立ったままはくことが

出来ない為、ベッドに腰をかけてはきます。

腰を掛けると、ふき取れていない

お尻の汚れがベッドに付着します。

なので、ベッドに腰を掛ける時は

必ずバスタオルを敷いてね、

とお願いしているのですが

、、、つい忘れてしまって

バスタオル敷かずにベッドに座っちゃう💦。

そしてシーツが汚れる。

 

 

 

 

怒っても仕方のないこと、

でも、正直「またか」と

げんなりする。

 

 

あるいはこういうパターンも。

お通じが沢山出ると

お風呂場にお尻を洗いにいきます。

その後、ベッドまで戻り

タオルを敷いて、腰を掛けさせ

オムツをはき、お着換え。

あれだけお風呂場で洗い流しても

敷いたタオルにはお通じがつく。

老齢になると、お尻のしまりも

悪くなるので、これもまた仕方ない。

これから、お尻のしまりが更に

なくなることはあっても、

良くなることはありません。

 

 

 

 

そんなこんなことあって

おしもの世話ばかりだな・・・

ってげんなりしていたのですが

思い出したキリストと弟子の問答に

「ああたは大いに大事な仕事をしてるんだよ」

って励まされた気がしたんですね。

 

 

 

でも、よく考えてみると

人生なんて、

常に人の世話の連続であり、

自分も常に誰かに助けられ

お互いに助け、助けられることで

成り立っていってるのかもな

とも思いました。

 

 

 

私も誰かのお世話をするけど

私もお世話されています。

周りの人にお世話になっています。

 

 

 

仕事もそう、サービスを受けることもそう。

サービスを受けるということは、

世話をして頂く、ということ。

 

 

 

と考えると、人生いかに

人様の世話をするか

そして、人様がして下さる世話に

感謝し喜ぶ、これに尽きるのかも

 

 

 

 

 

ある先生が仰っていました。

「親の世話、子供の世話、人様の世話は

させられているのではなく

させて頂いているのですよ」

 

 

 

 

キリストの言葉と同じ。

人に仕えること、

それが最も価値あることなのだと。

 

 

 

心からそう思えば、

「なぜ私こんなことばっかり?」

という発想が消えることでしょう。

 

 

「今日もお世話ができたな」

そう思えると、疲労度合いも軽くなるだろうか。

 

 

更に言えば

「お世話できた」ではなく

「お世話をさせていただけた」

と思えたら、悟りの境地。

 

 

 

介護に戻って、

「おしもの世話」

 

 

それは面倒だけど、大事なこと

面倒だけど、とても大切なこと。

ある意味、食べることと同じくらい

人が生きていく最低基本ラインのひとつ。

ここを支えているということです。

命を支えている、

といっても過言ではないのかもしれません。

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