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気になる一日一食、気になる不食

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「食べない人たち」で知られている

不食という生き方。

私、これにすごく興味あるんです。

というか、最初人から紹介されたときは

「ふ~~ん・・・」(興味なし)

だったのですが、最近じわじわ興味が

湧いてまいりました。

出来る出来ないは別。

食べたい食べたくないという話とも別。

 

 

食べる、ということは楽しみであり、

人との交流であり、単に摂食する

以上の意味があるのは重々承知。

 

 

それでも私が不食に興味がある理由。

 

栄養とか健康について

長らくずっと考えてきたから。

 

 

食事を作って出しては、食器を洗う

洗い物が終わったらすぐ次の食事

お弁当複数人分。

仕入れる→作る→食べる→洗う

家にいる間、台所に立っている時間て

多い。スーパーのお惣菜ですませば

いいじゃない!という考え方もあり。

惣菜でもOK。でも、それは誰が作るか

の話で、自分以外の誰かが作ってる。

「女は食べること出来なあかん」

と母はよく言っていました。

食べることは健康のもとであり

生命活動のもと。

でも、その大事な生命活動のもとが

添加物いっぱいの食品で世の中

溢れている。それで、成人病

メタボ、癌、あらゆる病気が続出。

食べることを便利にすればするほど

人は病気に向かう。

だから、「食べる」とか「食事」は

便利かどうかを超えた根本的な

ところまで考えずにはいられないのです。

 

 

世間で教えられている栄養学。

それって本当???

ずっと疑問でした。

大好きな家庭科、食物学を学びながらも。

だからこそ、栄養学をベースとする仕事、

例えば管理栄養士、医療関係、家庭科教師・・・

健康を扱う仕事には就けないと。

どの道も興味があり志そうとはしたけれど

世間で言われている栄養学、ダイエットは

どんどん情報が変わります。そして何より

個体差がある。個体差があるのに、ひとつの

栄養学を当てはめることそのものが無理。

それは栄養学に限らず、

どんなダイエット法も同じこと。

 

 

だから食物学を学んだけれども、

それとは関係のない仕事でないと

やっていられないという結論に

達しました。

今は「一日30品目」とは以前ほど言われなく

なりましたが、地球上の全人類があ30品目

仮に摂取したとして、地球はそれだけの

食糧を生み出せるのか、

「考えすぎ」「飛躍しすぎ」と言われるでしょうけど

どうしても、考えてしまうんですね。

一日こんなにいろいろ食べなきゃ

健康でいられないわけ?と。

添加物のない自然な食材を一日30品目

素晴らしい調理法で食べるとしたら、

人間食べることだけで

一日が終わっちゃいそう。

なんか、無理があるよな・・・

と思うわけです。

人間てそこまでしないと健康が手に

入らないのでしょうか?

もっと自然な方法ってないのでしょうか?

それが人間のオリジナルデザイン??

 

 

痩せやすい体を作るためには、

動物性たんぱく質は

人一人当たり数百グラムの肉魚が必要

 

 

って。毎日それくらいの肉魚を食べるとしたら

食費はいったいいくら必要?

健康志向になれば、やれスーパーの野菜は

農薬がとかいろいろ考えるとますます

食費にお金はかかるばかり。

健康になるのに、そんなにお金が必要???

 

 

 

食器を洗うのも水を沢山使うし(もちろん節約はしてますが)

なんか、生きるって消費しまくるだけか?

みたいな疑問が常に頭の中を駆け巡るわけです。

地球上の人口が生きていくのに、食糧不足だとか

地球上の全人類が健康であるために

どれだけの動物の命が必要になるのか、

そのために動物や魚を取り合い

争いが起きる。

 

 

 

で、肝心の不食の人たちは

宇宙エネルギー「プラーナ」よと呼ばれるものを

取り込んで生きているというのです。

呼吸だけで生きるから「ブレサリアン」とも

呼ばれていますが、その是非はさておき

もし、そういう生き方があるのだとすれば

今の私の疑問は大方クリアされます。

お金がある人はいい、では

お金がない人は、どうすればいいの???

無限の宇宙からくるエネルギーを

頂いていれば生きられるとしたら

お金を得るためにあくせくしなくていい

高収入を得るために、行きたくない学校で

勉強しなくていい。

 

 

勿論、不食については「そんなことしたら死ぬ!」

という人もまだまだたくさんいます。

でもね、添加物いっぱいの安くて便利な

食べ物を食べてゆっくり死に向かうのと

そんなに大きな違いってあります?

とも言いたい。

 

 

 

いずれにしても、人との交流で必要な時は

共に食し、

一人の時は食べずに生きる、

 

 

めっちゃ自由~~~!!!

 

 

じゃあ、自分が明日から不食になれるかというと

それはまた別。

不食になった人たちには、それぞれの深い体験と

経緯があり、なろうと思ってなったわけでは

ないからです。

なりたいと思ってなったのではなく、

それぞれの体験から自然に不食にたどり着いた。

それぞれの体験はその人たちのものでしかないので

周りがとやかく非難したり否定する必要もない。

自分がその情報に出会って、

惹かれるものがあれば、自然にその方向に向かうし

違和感を感じるのであれば、感じた人には

必要のないだけのはなし。

私はとても惹かれます💛 今は。

 

 

不食とまではいかずとも

一日一食の人も結構増えてきているようです。

私が唯一好きな日本人男性ボーカリスト

西川貴教君も一日一食らしいですが、

「食べ物が体に入ると息が深く吸えない感じがする」

とのご発言がありました。

この感覚、凄くわかるんです。

私も遠い昔に、断食まがいのことを

試したことがあったのですが、

断食中は頭も心も爽快すぎて

もう何も固形物を体に入れたくない!

固形物を体に入れて、この素晴らしすぎる

感覚を失いたくない!

そう思うほどの感覚を味わいました。

そして、西川君がのたまう様に

食べ物が体に入っていない時って

ものすご~く深く息が出来ていました。

 

 

「そんなに食べなきゃ生きられないわけ?」

もっと少ない量で生きられるはず、

そこから一日一食に行き、呼吸、プラーナ

不食にたどり着きました。

毎回、そこまで行っては、

今まで通りに戻るのですが、戻っても戻っても

やっぱり一日一食、不食へのフォーカスが

やめられない。

 

 

やがてそうなる日が来るのでしょうか。

老人になって、不食で生きていられれば

最高かも★

 

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