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メンタル

共感か、違和感か 違和感の扱い方

投稿日:

私たちは、いろんなことに

共感したり、

違和感を感じたり

一日のうち、実に

いろいろな感情の動きがあります。

 

 

 

今回は共感と違和感について

書いてみたいと思います。

 

 

 

 

自分が共感だと思っていたことが

実は違和感でした。

 

 

 

 

 

私はまだまだ自分の感情に

気付くのに時間がかかります・・・

 

 

 

 

 

自分は共感している

と思っていたのに

なぜ身体が疲れているんだろう

・・・不思議でした。

今思えば、気づいてあげられないから

身体がサインを出していたんですね。

 

 

 

 

やっぱり神様って

います・・・

私が強く感じていたのは

共感ではなく違和感だよって

教えてくれました。

 

 

 

 

これは、私の心のクセなので

乗り越えないと

また同じことを繰り返すと思うのですが、

負の感情を抱いた時

どうしても、それを

打ち消そうとしてしまいます。

 

「きっと別の面もあるに違いない」

とか

「きっと、見えていないところが

あるんだ、今は一部しか見えていないから

それだけで判断しちゃダメなんだ」

って、本当はちゃんと働いている

直観の働きを阻止しようとして

しまうんですね。

 

 

 

 

直観を信じて、シンプルに

生きている人にとっては

理解できないことかもしれません。

まさしく、「迷える子羊」状態に

見えることでしょう。

直観をまっすぐ信じて生きている人って

とっても羨ましい。

 

 

 

でも、私もそんな憧れの

「直観に従う生き方」に

近づいています。

自分の違和感に

気づけたから。

今までより早く(笑)

 

 

 

 

 

ここに私のもう一つの心のクセがあります。

それは、違和感に対するジャッジ、判断。

違和感そのものは、悪いものではない

「なんか変!」と感じた

変なことは、悪でもない。

ただ単に、私はそれと「違う」だけ

違いが悪いことではない

それはそれ、良くも悪くもない

私はこう、良くも悪くもない

 

 

 

 

「悪い」とジャッジするから

心が嫌な感じになり、それを

なくそうとしてしまうんでしょうね。

なら、ジャッジをやめられるか

というと、無理に辞める必要もないのかなと

今書きながら思いました。

「悪い」とジャッジすること自体も

悪くない、って捉えられれば

何の問題もないわけで。

 

 

 

 

私の心の奥底に

「すべてを受け入れたい」

という欲求があるのか

「すべてを受け入れるべきだ」

という強迫観念があるのかは

分かりません。

ただ「受け入れないこと」

への罪悪感があるように思います。

根拠のない罪悪感なのか

根拠のある罪悪感なのか

・・・わかりません。

 

 

 

 

人の心は何重にもなっています。

私は自分の本音さえ、分からない。

でも、今回はホントに良かった。

 

 

 

 

「内に生じた違和感は

何かしらのサインなので

無理になくそうとせず

打ち消そうともせず

違和感は違和感のまま

ありのまま、違和感を

感じさせておけばいい」

時が来れば、その正体がはっきり

するのだから。

 

 

 

 

これが自分への教訓です。

何を言っているか意味が分からない方は

悩んですらいないことがら、

何かしらかする部分、共感する部分がある方は

似たような傾向をお持ちなのかもしれません。

共有する部分があれば幸いです。

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