毎日は平凡なようで特別の連続☆彡ちいさな幸せをスクラップ ちりも積もれば幸せいっぱい

Puriet Style

暮らし・生活

安心する場所

投稿日:

今は共働きの家が多く

子供が学校から帰って一人、

という家庭も多いのかもしれませんが

私が子供の頃は、そういうスタイルが

今ほど多くはなかった気がします。

 

 

うちは母親がずっと働いていたので

小学生の頃から鍵っ子でした。

今は放課後子供がみてもらえる

校内の時間・場所を「学童」と

呼んでいますが、

私の頃は「留守家庭」という名前。

今では絶対付けられない

「もろ!」な名前ですよね(笑)。

 

 

学童ならぬ留守家庭で夕方まですごし、

17時くらいに学校を出たでしょうか

よくは覚えていませんが、

小学校の感情的な記憶はあまりありません。

 

あるのは、むしろ高校生。

中学高校にもなれば、一人で鍵を開けて

入るのは当たり前。

 

 

 

しかし、年齢が上がるほど

それが嫌でした。

高校生の時なんかは、

自分で鍵を開けて電気を付けたくない

がために、親が先に帰宅するまで

本屋で立ち読み、していました。

(本屋さん、ごめんなさい)

 

 

 

実は、その名残は今もあるなあ

というのを今日感じたものですから

思い出しもしない、昔のことを

書いてみたりなんかしている次第です。

 

 

 

今日は、パパ(夫)が有給で

お休み。もともと予定を入れていたので

不在のはずだったのですが、

数日前から具合が悪く、今日は

すべての予定をキャンセルして

家で寝ていました。

 

 

一方私が仕事で外出。

でも、いつもと違う不思議な感覚に

改めて驚いたのです。

家に帰ったら誰かがいる、

ってやっぱり安心というか

良いなあ、、と思ったんですね。

帰って来てもパパは伏せっている

だけなのですが、何か安心。

 

 

 

私が仕事の時は、子供が先に

帰っているのですが、

子供がいる、というのとはまた

別の感覚。

やはり、子供に対しては

潜在的に「責任」を感じている

からかもしれませんが、

家にいてくれて「安心」

というよりは、

一人にさせてしまった、

とか、早く食べさせないと

とか駆り立てられる感覚の方が

強く、気が休まりません。

 

 

まあ、子供にとっては

うるさい親がいない方が

せいせいして良いかもしれませんし

また年齢にもよるとは思いますが、

やはり帰ったら安心できる

誰かがいる、

というのは、思いの他大きく

影響しているんだなあって思いました。

 

 

 

逆を考えると、

私は

”いてくれて安心”

と思ってもらえる存在か

いないほうがせいせいするなー

と思われる存在か、

どっちだろう、と思わず

問いかけてしまいました。

 

 

 

自分が受けたこの

当たり前のようで

当たり前でない安心を思うと、

自分もまた、

安心を与えられる存在で

ありたいなあと思うのでありました。

-暮らし・生活
-, , , ,

Copyright© Puriet Style , 2019 All Rights Reserved.