今日から娘はスクーリングという
行事の為、2~3日家にいない。
東京駅に集合し、スクーリングのある
通信制高校の本校に向かう。
通学しないスタイルのコースを
選んだため、年1回のスクーリング以外
ず~~~~~~~~~~~~~~~っと
家にいるのだが、今日から数日間
いない!!!!
荷物はスーツケースとリュック。
自分で行けと言いたかったけど、
私もお情けが多少はあるため
スーツケースを自転車に積み、
駅まで運んだ。
娘はものの扱いが男並みに手荒く
触るものは次々と汚くなり
壊れていく。
スーツケースを手荒く転がして
壊されたくないというのもあり
私のお情けは、どちらかというと
スーツケースにかけられたもの
かもしれない。
さて、娘は常にぎりぎり行動
出発時間は必ず遅くなる
という実績を積み上げてきた。
だが、今日は珍しく
実に巡らしく!!
予定時間の前に家を出ようとした。
電車の遅延もあるかもしれないし
通勤時間に被り混みあう時間帯なので
早目の行動は賢明だ。
PASMOにチャージする様子を
見届けてから去ろうと、見ていたが
チャージをしようとするも、
結果せずに改札に入っていった。
降りる時に、するのかなあ。
まあ、後は知らぬと
改札を入った後ろ姿を見届け
家に向かう。
実に爽快だ。
爽快なあまり、新しくできたカフェで
珈琲をいっぱい飲んで帰ろうかと
自転車を停めようとしたが、
お財布を持たずに出てきたので
諦めた。
家の近くの坂では、ロイ君を
散歩させていたパパがいた。
家の鍵も持たずに出たので、
パパに鍵をもらい一足先に帰宅。
「無事に行ったのか?」
「早めの電車に乗ったと思う」
「(あいつがいない状態は)平和だな!」
「実に平和だ!(笑)」
私は平和、パパも平和、そして
娘も親から離れて多分 平和。
我々親子、別に
憎しみあってるわけではないのだが、
離れることの平和を共に体感している
と思う(笑)。
「娘が成人して巣立っていくなんて
淋しくて耐えられない」とか
「遠方の大学に行ったので
淋しい~」
という友達もいるが、
うちの場合、多分それはない。
たった数日のことだから
実感がないのよ、と言われるかも
しれないが、日数の問題ではない。
母の時もそうだった。
母が亡くなったら、悲しみに
暮れるだろうかと生前想像
したことはあるが、悲しいのは
数日、その後は別にそうでもない
だろうなと思っていたら、
やっぱり本当にそうだった。
娘は早く家から出した方が良い
というのは、前からパパとも話して
いたことだが、送って返ってきた
瞬間に、
「本当は寮のある学校が
良かったのかもな」
なんて、またそんなことを改めて
話した。
情の問題ではなく、お互いの為に。
というのも、娘と私の関係は
離れた方が良い関係なのだと思うからだ。
娘が生まれる時、予定日を16日超過して
生まれてきた。
つまり、圧力をかけてやっと出てきたのだ。
お腹の中であろうと、外であろうと
多分一緒で、娘は私といるといつまでも
何もしなくなる気がする。
私といる限り、いつまでも眠り続ける。
実際、今も一日の大半を寝て過ごしている。
そういう時期もある、
といも捉えられるけど、それはそれとして
やはり、何かしら離れる方法を考えよう。
私は思う。
一家団欒、家族は常に一緒
というのは、一部の家族
どの家庭に当てはまるものではないし
当てはめようとするから悲劇が
起きるのではないかと。
結婚しているしていない
子供がいるいない
付き合ったことがあるない
大勢とわいわい &お一人様満喫
仕事をするしない
学校に行くいかない
これらと同様、
時代も人も刻々と変化している今
一つの価値観に縛られる必要は
もはやない。
それぞれが、それぞれに決めて
生まれてきた価値観(意識)に
気づいて、
それだけに忠実に生きて行ければと。
誰かの価値観を取り入れたり
従ってしまったり
皆がそうするからという
集合意識に呑まれることなく。